1.主の招き:「近づく者」と「遠くに立つ者」(24:1–2)
主はモーセに告げられます。
「アロン、ナダブ、アビフ、イスラエルの長老七十人と共に、
主のもとに上って来なさい。
しかし、モーセだけが主に近づくことができる。
他の者は近づいてはならない。
民は共に上って来てはならない。」(要旨)
ここには三重の“距離”があります。
- 民全体は、山のふもとに留まる。
- アロン・ナダブ・アビフ・七十人の長老は、途中まで上る。
- モーセだけが、主に最も近くまで近づく。
- 神の聖さの前には「誰でも好きなように近づける」わけではなく、
神ご自身が「近づく者」「距離を保つ者」を定められます。
テンプルナイトの視点
・神は“全員フラット”にはされない。
それぞれに与えられた役割と“距離”がある。
・しかし、距離があるからといって
「神の愛の差別」があるわけではない。
聖さゆえの秩序である。
・テンプルナイトは、
自分に与えられたポジションに不満を抱くより、
その場で忠実であることに心を注ぐ。
2.「行います」と「聞き従います」― 民の応答(24:3)
モーセは下りて来て、
- 主のあらゆる言葉
- すべての掟
を民に伝えます。
民は声をそろえて答えます。
「わたしたちは主が語られたことを、
すべて行います。」(24:3)
19章でも同じような応答がありましたが、
ここであらためて
- 十戒(20章)
- 契約の書(21〜23章)
を聞いた上で、
「すべて行います」と誓約したことになります。
- この応答は後の「金の子牛事件」と激しい対比をなしますが、
いまこの時点では、
民は真剣に「従おう」としている。
テンプルナイトの視点
・人は、約束した瞬間には真剣でも、
やがて弱さと誘惑に負けて誓いを破る。
・神はそれを知りながらも、
ここで民の誓約を軽んじたり嘲笑されたりはしない。
・テンプルナイトも、
自分の誓いの弱さを知りつつ、
それでも「はい、主よ」と応答する勇気が必要。
3.契約の書と、血の契約(24:4–8)
モーセは、
- 早朝に起きて、山のふもとに祭壇を築き、
イスラエルの十二部族に対応する十二の石柱を立てる(24:4)。 - 若者たちに焼き尽くす献げ物や和解のいけにえをささげさせる(24:5)。
- 血を半分は鉢に取り、半分は祭壇に注ぐ(24:6)。
そして、
次の二つの行為が決定的です。
① 契約の書を読み聞かせる(24:7)
「契約の書」を取り、
民に向かって声高く読み聞かせる。
民は再びこう答えます。
「わたしたちは主が語られたことを
すべて行い、聞き従います。」(24:7)
ここでは、
- 「行います」だけでなく
- 「聞き従います」という言葉が加えられています。
② 血を民に振りかける(24:8)
モーセは血を取り、民に振りかけて言います。
「見よ、
これは、主がこれらすべての言葉に基づいて
あなたがたと結ばれた契約の血である。」(24:8 要旨)
- 祭壇(神側)と民に、同じ血がかけられる。
- これにより、「血による契約」が成立します。
後に、
主イエスが最後の晩餐で杯を渡し、
「これは、多くの人のために流される、契約の血である。」
と言われたとき、
弟子たちはこの出エジプトの場面を思い起こしたことでしょう。
テンプルナイトの視点
・「契約の書」は、人の誓約書ではなく、
神が語られた言葉の記録。
・民は、その契約書を読んだうえで
「行い、聞き従います」と答えた。
・血は、契約に「命の重さ」を刻印する印。
契約破りは、命をかけた約束を踏みにじること。
・キリストの血による新しい契約は、
モーセのときの血の型を成就するもの。
テンプルナイトは、この血の重さを決して軽んじない。
4.「イスラエルの神を仰ぎ見た」― 信じがたい描写(24:9–11)
続いて、
驚くべき光景が描かれます。
モーセ、アロン、ナダブ、アビフ、七十人の長老が上り、
「イスラエルの神を仰ぎ見た。」(24:10)
と記されるのです。
- 彼らは、神ご自身の全貌を見たのではなく、
「御足の下」にあるものを見ます。
「その御足の下には、
青く澄んだサファイアの敷石があり、
天そのもののように澄みきっていた。」(24:10 要旨)
そしてさらに、
「神はイスラエルの人々の長たちに御手を下されなかった。
彼らは神を仰ぎ見て、飲み食いした。」(24:11 要旨)
- 聖なる神の前で、
人間が生きたまま「神を仰ぎ見て飲み食いした」という描写。 - これは、
神が民の代表たちとの間に
「交わり(食事)」を結ばれたという、
きわめて親密な契約のしるしです。
テンプルナイトの視点
・ここでは、「死なずに神を見た」という例外の恵みが示される。
・サファイアの敷石、
天のように澄みきった光景――
これは、「地上のいかなる王の玉座よりも高く、美しい神の宮座」を象徴する。
・神との契約は、「条文」だけでなく、
「共に飲み食いする交わり」を含む。
・テンプルナイトは、
単に掟を守る兵士ではなく、
主と同じ食卓を囲むことを許された者でもある。
5.モーセの40日40夜の山上滞在(24:12–18)
主はモーセに言われます。
「山に上り、ここにいて、
わたしが授ける石の板――律法と戒めを受けよ。
それは、彼らを教えるためである。」(24:12 要旨)
モーセは若い従者ヨシュアと共に立ち上がり、
神の山へ上ります(24:13)。
長老たちには、
「わたしたちが戻って来るまで、ここで待っていなさい。」
「アロンとフルがあなたがたの間にいる。
争い事があれば彼らのもとに行きなさい。」(24:14 要旨)
と指示を残します。
栄光の雲と、燃え上がる火
モーセが山に登ると、
- 雲が山を覆い(24:15)、
- 主の栄光がシナイ山の上に留まります(24:16)。
六日間、
雲は山を覆い続け、
七日目に主は雲の中からモーセを呼ばれます。
「主の栄光の姿は、
山の頂で燃え上がる火のようで、
イスラエルの人々の目には恐ろしく見えた。」(24:17 要旨)
モーセは雲の中に入り、
山に上って行きます。
「モーセは四十日四十夜、山にいた。」(24:18)
- この40日40夜の山上滞在の間に、
幕屋・祭司制度・礼拝の詳細が示されます(25章以降)。 - しかし、下では民が「待ちきれずに」
金の子牛を造ってしまう悲劇が起こります(32章)。
テンプルナイトの視点
・モーセは、「契約の血」の後、
さらに深いレベルの啓示を受けるために山に呼ばれた。
・六日間待たされ、七日目に呼ばれる。
神の時は、しばしば「すぐ」ではなく、
待つことを通して人を整えられる。
・民から見れば、
山頂は「燃え上がる火」のようで、
恐ろしくて近づけない領域。
・テンプルナイトは、
民の恐れと距離を背負い、
山頂の火の中へ進む者の型でもある。
6.テンプルナイトとしての結び
血の契約と、火の山の前で
出エジプト記24章は、
- 契約の言葉の読み上げと、民の誓約
- 祭壇と十二の石柱
- 契約の書と「契約の血」
- 民の代表たちが神を仰ぎ見て食事をする出来事
- モーセの40日40夜の山上滞在
- 燃え上がる火のような主の栄光
を通して、
「契約が血と交わりと栄光を伴うもの」であることを示します。
テンプルナイトとして、この章の前で祈ります。
主よ、
あなたは、
石の板に文字を刻まれる前に、
契約の言葉を民に聞かせ、
血をもってその契約を確かにされました。私もまた、
キリストの血によって結ばれた新しい契約の中に
立たせられています。どうか、
この血の重さを忘れて、
恵みを安価なものにしてしまうことがありませんように。モーセは、
契約の書を読み上げたのち、
血を祭壇と民とに振りかけました。私の人生にも、
あなたの言葉と血がしるしとして注がれていることを
深く覚えさせてください。あなたは、
モーセと長老たちを招き、
サファイアのように澄み切った御座の輝きを
彼らに垣間見させ、
その前で飲み食いさせられました。契約とは、
ただルールを守る契約ではなく、
あなたと同じ卓を囲む交わりでもあります。主よ、
私を、
律法だけを掲げる冷たい戦士ではなく、
あなたの食卓に招かれた者としての喜びを
知るテンプルナイトとしてください。山の頂に燃え上がる火のように現れた
あなたの栄光を見て、
民は恐れ、遠くに立ちました。しかしモーセは、
雲の中に入って行きました。私もまた、
恐れのゆえに遠くから眺めるだけでなく、
あなたが招かれるところまで一歩踏み出す
信仰の勇気を与えてください。四十日四十夜、
あなたの前にとどまったモーセ。彼は、
下にいる民の「待てない心」が
どれほど危ういかを、
やがて痛いほど知ることになります。主よ、
私のうちにも「待てない心」があります。祈りの答えを、
啓示を、
導きを、
すぐに欲しがる心。どうか、
あなたの時を待つ忍耐と、
火の山のふもとで静かに待ち続ける信仰を
私に与えてください。血の契約と、火の山の前で、
私はもう一度、
あなたへの忠誠を新たにします。「わたしたちは、主が語られたことを
行い、聞き従います。」どうか御霊によって、
この約束を生きる力を与えてください。新しい契約の血によって贖われた
テンプルナイトとして、
今日もあなたの御前に立ちます。
これが、出エジプト記第24章――
「血による契約の締結」と「モーセの山上滞在」が描かれた章の証言である。
この後、25章以降では、
モーセが山上で受け取った
- 幕屋の構造
- 奉納物
- 契約の箱
- 祭壇と器具
- 祭司の衣
などが詳細に示され、
「神が民のただ中に住まわれるための設計図」が開示されていく。